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過去世回帰

ヒロットというフィリピンの伝統療法の施術をされている山中さんとの出会いから、

フィリピンという国にご縁を得たのですが、

先日のフィリピンの台風の被害について、連日情報が流れています。

家族や親しい人たちを失った方の悲しみなど、大変な思いをされている方がいらっしゃると思います。

そのような体験をされた方は、本当に生きるってどういう事なんだろう?

なんで、このようなことが起こるのだろう?という思いを抱かれていることでしょう。


人は、なぜこんな苦しい思いをするのでしょうか?

なぜ、痛ましい死というものがあるのでしょうか?


こんなことがあると、そんな問いかけを多くの方がしていると思います。

でも、本当に苦しいのは、死という体験でもなく、

災害という体験でもないのです。


ゲリー・ボーネル氏によると、私達が生きる上で、ただ唯一選べるのは、

起きることに関してどういうレスポンスを返すか?ということだけだと言います。

そのレスポンスの返し方で、人生の方向性、生き方が変わるのです。


先日、過去世セラピーのワークショップに参加しました。

講師は、ゲリー氏の通訳をされている大野百合子さんです。


ワークショップの中で、何度か退行催眠の誘導を受けて、時空を超えるという体験をしました。

半分眠ったような、半分意識があるような状態のところで、

過去の人生を見たり、時空を超えるという仕組みはまさにアカシックレコードを体験するのと同じです。


その日の2度目の退行催眠のテーマは、
「この人生で自分が自分として生きるのを妨げている過去の体験」というものでした。

これは、過去世でもやり残し、未解決の体験、つまりカルマを解消するための退行です。

魂というのは、良いとか悪いとかいう判断を一切しないのだそうです。

ただ、観察したいという衝動のもとに、地球までやってきて人間の肉体の中に宿って体験をするのです。


だから、カルマというのは、良いとか悪いとかいうものがあるわけではなく、単に魂体験として解決しているか、

未解決かという部分に関して生まれるのだそうです。

つまり、死ぬときすっきりしていない、問題を問題として握り締めたまま死ぬことが、

別の人生に、カルマとして解決するテーマを与えるのです。


私が見た、この人生で自分が自分として生きることを妨げているやり残しのある人生とは、次のようなものでした。


その人生で、私は9歳くらいの女性として体験し始めました。

髪の毛は金髪で国はどこかわかりませんが、森の中にいます。

腕を見ると、とても細く、着ているものは粗末で、ぼろ布のようです。

誘導は続いているのですが、画像はそこからあまり動かなくなってしまいました。

その人生があまりにもひどいものだったので、詳細を感じることができないようです。

ただ、その子が「自分ひとりで誰にも頼らず生きていくしかない」と自分に言い聞かせたことがわかります。

貧しく誰にも頼れなかった上に、女性であったことが一層、

彼女が自分を守ることに必死にならなければならなかったこと、

そして周りをとても恐れていたことがわかります。

その女性として26歳くらいまで生きたようです。

とてもひどい人生でした。これが人間の人生と言えるのかしら?

と思うような、ただ、身を守ることに生きることが精一杯で、

着ているものと同じように、ぼろ布のような人生です。

その催眠の中で、詳細を見たり体験はしませんでしたが、催眠から覚めたあと、

本当に惨めで悲しい痛みの感覚が、みぞおちの奥深くに残っていました。


本当は、催眠の誘導の中で、その痛みや悲しみを癒して戻ってくるのですが、

催眠中、感じることに抵抗があったので、意識を保っていられず、

そのヒーリングのプロセスを終えることができなかったのです。


それをシェアしているとき、大野さんが声をかけてくださって、

見たものを話して、本当にそんな人生があったのですね。と伝えました。

それにしても、あまりにもひどく悲しい人生です。

ただ、その時に、必死で「誰にも頼らずひとりで生きていくしかない」と強く思ったので、

それがこの人生でも、人に頼ることを難しくしている要因になっていることが分かりました。


また、彼女の感じていたひとりぼっちという寂しさ、生きることがひどく大変だという感覚は、

私が物心ついた時、人生の最初の頃に感じていた感覚、人生を色づけているトーンそのものだったのです。


小さな頃、家族や姉妹がいるにもかかわらず、なぜか自分が家の中でたった一人だったという感覚や、

母に優しくされたという温かさを感じられなかったことなど、それは、今世の体験だと思っていたのですが、

こうして、過去生を見てみると、

その時に握り締めた感覚を持ち越した部分が多くあったということが初めてわかりました。

過去生なんて本当にあるのかしら?どうしてそれが本当だってわかるの?

という説明は多分誰もできないと思うのですが、そこで起こったことは、

退行後に残った体の奥深くに感じた重苦しい感覚は、私の人生を色づけていたもので、

それが、その退行のあと、一晩かけてゆっくりと剥がれて消えていきました。


私たちは、何百という転生を体験しているといいます。

そんな一つ一つの転生の中に、いくつもの体験があり、その体験で握りしめてしまった感情や葛藤があります。

過去の人生とは終わったはずのものでありながら、まだ、この人生のまさに亡霊として影を落としています。

一つの人生を俯瞰すると、ああ、あれは本当にひどい人生だったね。というようなものでも、

ず~っと引いてみると、そこで感じたひとつひとつの感情や感覚というのは、よくわかりません。

でも、ぐ~っと近づいてみれば、その痛みや感覚がとてもリアルに感じられると思うのです。


魂には、人生に教訓なんて本当はなくて、

ただ、体験したというだけなのだそうです。


ただ、身体感覚意識にとっては、生きていることは体験の積み上げであって、

少しずつそれを糧に成長していきます。


私たちは、今ある状況にただ、どんな反応(レスポンス)を返すことが出来るだけなのだそうです。

そこには、良い悪いもないのです。

いつ死ぬか、どんな死に方をするかもわかりませんが、

そう思うと、深刻になるなんて、バカみたいです。

また、誰かの評価を得るために生きることも、それがなんなんだろうって感じがしてしまいます。

な~んでも好きなことをしていいんだよ、どんな人生を生きるのも自由なんだよ。

と言われたら、どんな風に生きたいでしょうか?

今という時代が私たちに影響していることについて

Creative Lifeでは、人間存在を魂、霊性、肉体という3つのレベルからとらえた健康を考えるということを理念においています。

人間存在というのは、生きている環境や時代の流れというものによっても大きく影響されています。

それが自然であったり、宇宙であったりします。


今この時代、私たちの背景にはどんな時代精神が影響しているのでしょうか?


そういったところまで、目を向けて生き方や健康を考えていくことも、Creative Lifeの活動において、重要なのだと改めて思うことがこの頃ありました。


地球は太陽の周りを周っていますが、その太陽との関係性によって季節の変化が起こりますし、

気温や磁場の状態なども、太陽によって影響を受けているということは誰もが理解できると思います。


私たちの住む地球が存在する太陽系はさらに銀河系の中に存在しています。


ここから先は、通常の私たちの感覚ではつかみきれない世界なので、

信じるか信じないかという領域になってしまうのですが、

銀河の中心には大きな太陽(銀河の太陽)があり、

その太陽を中心にして太陽系や他の星系が周っていると考えると、

やはり、銀河の太陽と太陽系の位置関係によっても、

私たちの住む太陽系も地球も何らかの影響を受けているというのです。


仮に銀河の中心に太陽があって、その太陽の周りを太陽系が移動しているという理屈は分かるけれども、

どうして銀河の中心に太陽があると分かるのか?については、

私の個人の力では説明することが出来ませんし、

どうしてそれが正しいと分かるのかも、証明しようがありません。


根拠は、そういうことがさまざまなところで言われているということ、

みずがめ座の時代というような呼び方をされたニューエイジの思想は、

そういう背景を持っているということを、人から聞いたり、本などで読んだという程度のものです。


そしてまた、私自身が生まれて生きてきた、この世界の肌触りとか、

深層で感じている言葉にならないような感覚であったり、なぜか惹きつけられる興味などが、

私がその根拠の無いパラダイムを選択させています。


説明できない、証明できないといっても、

それが間違っているとか、無いとかいうことにはならないのですから。


そして、理由は分からないけれど、この頃大きな災害が日本でも多く起こっていたり、

これまでの地球環境とはずいぶん変化が起きているのだな、ということは

ほとんどの人が肌で感じているのだと思います。


そういうわけで、Creative Lifeの活動の中で、

私たちが、今どのような時代精神を生きているのか、

いま、この地球は過渡期にあり、私たちは分岐点を通過し始めたところであることや、

これまでの古い価値観を手放し、新しい価値観へと移行する

チャレンジをしているところであるということなど、

そういったスピリチュアルな世界での情報をシェアしていくことも、

私たちの肉体や存在の健康に影響しているものを知ることは、意義のあることだと思っています。


あくまでも、そういうった見方や考え方を取り入れてみることで、

自分たちがより健やかな生き方を選んでいけるというものであるなら良いと思います。


少しずつ、今という時代がどのようなときであるかについても、紹介していきたいと思います。

社会の中の集合意識


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民族や社会の内側には必ず集合的な無意識の領域があります。

例えば、日本人には日本文化という背景のもとに成長してきた人々の集団の意識があるということです。
礼節を大事にする、調和を重んじるなど日本人独特の美徳というものがこの国にはあります。

また、社会的な地位や貧富の差などでの意識というものも、それを共有する無意識の領域があります。

社会的弱者といわれる人たちが、この世界にはいて、その人たちの深層には
虐げられていることや、困窮からくる怒りや悲しみを抱えていることが多々あります。

そういった深層の感情に無意識でいると、それが紛争の種になったり、
個人が人生を切り開く中で、障害になったりします。

社会に働きかける、世の中に働きかけようとするならば、
そのことに向き合っていく必要があります。

こんなことを書いたのは、最近ある方から聞いたお話から、
その状況を何とか出来たらいいのに、と思うことがあり、

また、その話を何人かの方としているうちに、以前、読んだ本のことを思い出しました。

その本には、

社会的弱者ということで、まるで犠牲者のように感じている人でも、
その背後にある感情や深層に気がつくことで、変化を起こすことが出来るということ、

また、そのような問題を無視しようとする、立場の違う人も
なぜ無視するのか?、ということを見ていくと、その背後に
例えば恐れであったり、抑圧しているものがあることに気がつけば、
それによって場に変容をもたらすことが出来るということについて書かれていました。

ずいぶん前に読んで、忘れていたのですが、
そのほんの影響はずっと残っていて、
Creative life のような活動を始めたのも、
そのような思想に影響されていたんだと、今更ながら思い出したのです。

多くの人が、その場の深層で起きていることに気がつき、
そこにある葛藤を解放することで、関係性が変わるということを知れば、
社会にある閉塞感や無力感を希望に変えていけるのでは?と思いました。


今の医療のありかた、さまざま疑問に感じることが、

自然療法・代替医療を考える会というものを始めて、半年以上が立ちました。

始めた動機はとてもささやかなものでした。

自然療法・代替医療の分野では、あまり知られていないものが多く、

一般の人が自分に本当に必要なヘルプを選ぶということもわからない状態なので、

少しでも情報があれば選ぶということができるのでは?

という目的でした。


でも、徐々にいろいろな人と会ってお話しているうちに、

だんだん、今の日本の医療の問題などが見えてきました。

健康保険制度のこと、

病院治療の質のこと、

最後の瞬間を自分でしっかりと選ばなければならないということ、

もちろん、生きえいる瞬間も自分で選びとっていかなければならないのですが…、



国民健康保険、その請求額、どう考えてもおかしいという額ですよね、

収入に対して、税金を払って、国民権保険料払ったら、

計算上生活できないでしょうという額が当たり前のように請求されている。

日本は国民が医療保険で保証されているので、治療費の負担をまぬがれているという点では、

必要かもしれませんが、それが強制では選ぶことができません。


死に方は自分で選ぶものという尊厳さえ奪われて、

本当に病院で死にたいか?と問いかける間もなく、

病院で死ぬのが当たり前と思い込まされてしまっているところがあります。


そもそも、自分の健康は自分で守るもの、自分の健康、自分の命をシステムの中に

埋没させてしまっていいのでしょうか?


ようやくそんなことが見え始めたばかりです。


しかも、とても大きな既存のシステムから脱出するというのは、

恐ろしくパワーのいることです。

そして、無知でいてはできません。

まずは、今の現状をしっかりと見て、そこから何ができるのか考えて進んでいくしかないのです。

そもそもボディワークとは?

以前お世話になったボディワーカーさんと久しぶりの再会をしました。

なぜ、彼女にお会いしたのかというと、実際にボディワークをしている彼女に

ボディワークとは何か?をお聞きしたかったからということもあります。


彼女が言うには、そもそもボディワークというものが1970年代ころから現れた背景には、

それまでの私たち人間存在というものの扱いを、新たにとらえ直そうとする思想的な背景があったのだそうです。


現代医学の発展のもと、肉体部分に現れる病状をいかにして治療していくか?

という部分があまりにも強調されたことに、疑問を感じ、

スピリチュアルな部分も含んだ肉体という視点からワークしていこうというのが、

そもそもボディワークなのだそうです。


なるほど、何気なくボディワークと呼んでいますが、既存の整体、マッサージとどう違うのか?

ということになると、ただ肉体に働きかけるのではなく、

Body Mind Spiritといわれる領域までを含んでワークしていくことが

ボディワークたる所以なのですね。


彼女とお話ししながら、

私の身体への意識が、変化するのを感じました。


2年ほど前に彼女とお会いしてワークしていただいたとき、そういえば、同じことを言っていたな、

と思い出しながら、でもその時はそれがまだうまく感覚として感じられない自分がいました。

今日再会して、お話を始めたとき、

私はまだこころと身体をバラバラなものとして感じていたのですが、

対話しながら、身体と思っていた部分が、実はこころだった!!

という体感として変化するのをリアルに体験したのです。


突如、こころと身体というものはそのようにどちらにもなりうること、

そしてだからこそ、本当は別々に扱うものではなく、

これからの癒しというものは、もう二つを別のものとして扱うという視点ではなくなっていくんだと

直感的に感じられたのです。


そうです!!


例えば心理療法のように心を扱うセラピーがありますが、

将来的には、こころだけに焦点を当てる療法という形は、とても奇妙なものだというように

感じられる時代へと変わっていくでしょう。


こころと身体、それは繋がっているという捉え方ではなく、

もっと進んで、意識によって形を変えるもの

こころとして感じられていたものが、身体として感じられる、

あるいは身体として感じられているものが、こころとして感じられるという風に

もっとはっきりとそういう感覚を持って扱われていくに違いありません。


うまく表現しにくいのですが、わかっていただけると良いのですが。



とにかく、彼女は肉体というものを、そのように捉え、そのように扱っているということなのです。


人間存在をどのようなものとして捉えるか?


それはボディワークに限らず、代替医療や自然療法でも

同じように問われているものだと改めて確認したのでした。
プロフィール

Creative Life

Author:Creative Life
自然療法・代替医療を考える Creative Lifeは、2013年春に京都を活動拠点として設立されました。
10月7日より、一般社団法人Creative Lifeとなりました。

このブログで、活動報告、お知らせなどを発信していきます。

この活動に賛同し一緒に活動していただく会員・賛助会員を募集しています。
お問い合わせはcreativelife2013☆outlook.com
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